施工事例

1990.05.01
モトアワークスの出来事
モトアワークスの原点
高校3年生の春頃の写真です。イイ笑顔です(笑)
2年生で謹慎となり改心⁉
この時も公道ではなく河原を走っていた時の1枚です(笑)
未成年でお金も免許も無い、三重苦だった私は冬休みを利用してバイクの解体屋さんでバイトを始めます。「もちろん掛け持ちです(笑)」
一緒に始めた友人が冬休みの途中で辞めてしまう位、厳しい環境「冬の川で手を洗う。車載工具+αで作業。自転車で1時間掛かる遠方等々・・・」でしたが、2年の冬から3年の秋口まで、1年近く通わせてもらいました。
仕事はとにかくバラバラにする事。
インゴットと呼べばいいのか、アルミを熔かして正方形の大きな塊になる熔解炉が活躍出来る様に分解するのがベストだったと思われます。
奥様は怖かったですが(笑)、社長さんは気さくで優しい方でした。
冬休みが終わっても、学校をサボってバイトする日もあったり、日曜や祝日もなるべく顔を出したりしている内に、エンジンが掛かりそうで掛からないホンダXR80「リヤが2本サスタイプ」を激安でゲット!
本屋さんでバイクの専門書を読み漁り、エンジンが調子良く掛かるには良好な圧縮圧力と火花そして混合気の3つが必要である事を学びます。
解体屋さん近くの自動車修理工場で買った新品のスパークプラグ1本を交換するだけで息を吹き返したXR80!
その次にゲットしたのがスズキのRG250-Γ。しかも実動車です!
ただし明らかにXR80よりもエンジンの吹け上りが悪い・・・
という事で、XR80同様にスパークプラグを購入。ガンマは2気筒だったので2本交換し再始動すると・・・⁉
まさに衝撃的な排気音と共に目を覚ましたガンマちゃん。
とにかく高回転域での吹け上りと白煙が半端ない(笑)
まさかここまでワクワク&ドキドキが止まらない出来事に生きあえるとは、本当に私はラッキーです。
掛からなかったり不調だったりしていたバイクが、調子良く掛かる様になったという成功体験がモトアワークスの原点なのは間違いありません。
何故なら、いまだに一番楽しいと感じる作業は不動「不調」からの復活に至る過程なので(笑)
最初は自分自身のためだけだったのが、そのうちに誰かのためへと変化していくわけですが、忘れてはならないのが、その乗り物が主役であるという事。
例えば、このXR80にも当然新車の時があって絶好調だったわけですよ。
その性能を維持するためにメンテナンスをし続けたにも関わらず、調子が崩れる時だって当然あります。走り続ける事によって消耗や摩耗とは違う、機械的や構造的な寿命を迎えてしまう部品だってあるわけですから。
そんな部品が寿命を迎える頃には出ている訳ですよ新型が。
特に80年代から90年代の進化スピードは異常な位なので、目移りするのも仕方がありません。
ちょうど新車から10年位で廃車となり、私と出会う事になるのですが、もしこのXR80に自我があるとしたら、廃車になった事をどう感じていたと思いますか?
まだ元気に走れるよだったり、ぼくを捨てないでと言ったどちらかと言えば未練が残る悲しい気持ちか、今まで本当にありがとうだったり、ようやくぼくも休めるよーと言った未練のない嬉しい気持ちのどちらかだと思います。
これは当時、友人のまさしが貸してくれたヨシムラのビデオでPOP吉村が、バイクにも情熱を持って接する「レース車両を作る」事で魂が宿ると話をしていたのが印象的で、とても素敵なことであると感じた事が発端なのは間違いありません(笑)
私の夢は生涯現役で死ぬ寸前まで直したり走ったりしていたいと、この道に目覚めた時から、今でも何ら変わりはありません。
どちらかと言えば、事故を起こしたり年を重ねた事によって、その夢を見続けていられる期間が減って来ている今の方が、より強く願う様になった節があります。
だから、私に出会ったクルマやバイクが、もう休ませてくれーと言ったとしても、私が死んだら嫌でも永久抹消となり一生休める様になるから、生きている間はいくらでも面倒見るから楽しませてちょうだい!
と話をしながら、POPの様に情熱を注いでいるつもりです(笑)
気が付けばドえらく話が現在進行形となってしまいましたが、
私がXR80から聞こえて来たのは、「ありがとう」という感謝の言葉と、オレで「学べよ」という、まるで私の心を見透かすような野心に満ちた言葉でした(笑)
公道は免許が必要ですが、河原なら許してくれるだろうと自分に言い聞かせつつ、社長さんに自宅近くの河原まで運んでもらい納車完了(笑)
高校3年生の春、念願のバイクライフを密かにスタートした私は、親には内緒でしたがバイク好きの親友達には報告(笑)
舗装路ではないところに興味を示した友人の友人が訪れる様になり河原は大盛況!
写真のホンダXL250Sを所有していたしみーも、その内の一人。
バイクが好きという理由だけで仲良しになれるのだから人生とは面白いモノです。
その後も調子を崩す事が多かったXR80でしたが、オイル交換等のメンテナンスで大変お世話になったのが、通学途中にあったホンダの販売店でした。
無免許で河原を走り回る高校生に対して良心的に対応してくれた事を今でも忘れていません。何度か河原まで様子を見に来てくれた事もある位です。
当時の私がバイク屋さんに憧れた気持ちは今でも十分覚えていますが、一時の
ブームが去りつつあったバイク業界は、今後ますます厳しくなるという様な、現実的なお話をしてくれたのもバイク屋さんでした。
結局、数年後に知らされる事無くお店が閉じるのですが、今思えばここがターニングポイントです。
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